「プログラム8番、嵯峨椿高等学校、ゴールド金賞」

黄色い歓声が、ホールにこだまする。

彼女たちが金賞を取ることは確信していた。あの美しい演奏は、誰もが金賞と審判してやまないだろう。そういう演奏を、あの団体は毎年やってきたのだ。毎年、一生懸命作り上げてきたのだ。

彼女たちの結果は関係ない。大事なのは、俺たちが金賞かどうかだ。

もう、負けるわけにはいかない。

 

「プログラム9番、浦の星女学院、銀賞」

 

拍手を送りながら、俺は去年のコンクールのことを考えていた。

聖櫻学園高等部、初めての銀賞。

常勝軍団の、初めての敗北。

悔しかった。泣きたかった。でも、泣くわけにはいかなかった。

俺が泣いたら、誰が次への活力になれるんだ。

そう思って、泣かなかった。

全力で、みんなの前で、笑いまくった。

そして、睦の胸で、1人泣いた。

 

「プログラム10番、音ノ木坂学院、ゴールド金賞」

 

だからこそ、今年は勝つと決めた。

できることは全てやった。

みんなと何度も喧嘩した。

どれだけぶつかっても、向いてる方向は一緒だった。

「絶対に金賞、日本一を獲る」

この目標は必ず成し遂げると、誓った。

そして、それぞれの目的を胸に、戦いきった。

あとはもう、結果だけだ。

 

「プログラム11番、聖櫻学園高等部…」

 

------

 

「ゴールド金賞」

 

仲間たちが歓声を挙げ、拍手が会場いっぱいに響き渡る。

勝った、勝ったんだ。

そう思った刹那、自分の頬を滴が伝う。

「先輩…!」

俺は、隣の席の彼女と抱き合う。

「おっと。よう頑張ったな、兄さん。格好よかったで、あんたの指揮」

「はい、ありがとうございます…!」

ずっと支えてくれた、最大のライバルにして最大の戦友。ただただ、感謝しかなかった。

 

表彰を終え、日々喜先輩とホールを出た俺は、「彼女」に電話をかけた。

「お疲れ様です、鴫野先生。ゴールド金賞です」

「おめでとうございます。お疲れ様でした、後藤先生。…それで、先輩」

「ん?どうした、睦」

「実は今、私も名古屋に来てるんです」

「え?なんで?」

「先輩に会いたくて。きっと疲れてるとは思ったんですけど、その、むしろそういうときこそ、彼女として支えるべきだと思ったり、えっと、えっと…」

きっと今、一生懸命理由を探しているのだろう。寂しかったけど、そう言うのが恥ずかしいのだろう。慌てている睦の顔を想像して、思わず笑みがこぼれる。

「わかった。3時に、名古屋駅の金時計の前で会おう」

「…!はい!」

睦の弾む声が聞こえた。会うだけで喜んでくれる、睦が可愛くって仕方なかった。

 

「せん…後藤先生ー!」

「いいよ、オフィシャルに会ってる訳じゃないんだから、先輩って呼んで。まあそもそも、そろそろ名前で呼んで欲しいところではあるんだけどな」

ちょっと苦笑いしてみせる。睦はばつが悪そうだ。

「そ、それは…」

「まあいいよ。そういうところ、睦らしくて、嫌いじゃないというか、好きというか。でも、いずれはな?」

「はい、それは、もちろん」

そっか、呼びたいとは思ってくれてるのかな。ちょっと嬉しかった。

「…先輩。改めて、コンクール、本当にお疲れ様でした。おめでとうございます」

「ありがとう。睦の支えがあってこそだよ。半年間、いろいろ迷惑かけたけど、本当にありがとう」

「そんな…。それで、その…」

「ん?」

睦が、改まった様子になる。なんだろう。もしかして…。

「先輩…じゃなくて、新平さん。この間の件ですけど…」

…やっぱりか。息を飲んで、次の言葉を待つ。

 

------

 

「…よろしくお願いします。幸せにしてください」

 

「睦…」

気がつくと、睦のことを強く抱き締めていた。

「ありがとう…ありがとう…」

大人げなく、泣きに泣いた。名古屋駅の中心で、ぐちゃぐちゃに泣きまくった。

今年も濡らした、睦の胸。

でも、今年の涙は、幸せの涙だった。

 

「あー!睦ちゃん、新平のこと泣かしたー!」

けたたましい関西訛りが、耳をつんざいた。

「なーんてな。こんにちは、睦ちゃん。こっち来とったんや」

「豊永先輩、こんにちは」

「で、兄さんはなんで泣いとってん?さすがにもう金賞とって泣いとるわけやあらへんやろ?」

いきなり核心をついてくる。しかも分析が鋭い。この人には何も隠せないのだと、改めて思い知らされる。

「ふふっ。こういうことです」

睦が、上着のポケットから小さな箱を出して開ける。大会前に俺が睦に預けたものだ。

中の指輪を取り出すと、左の薬指に丁寧にはめ、日々喜先輩に見せた。

「えっ、ホンマに!?」

日々喜先輩が驚きの表情を浮かべる。

「おめでとう~!!よかったなぁ、兄さん!」

そして、俺の肩を叩いて、幸せそうな笑顔で祝ってくれた。

「うわ~、先越されてしもたな。ウチも早よ身固めんとな~」

「でもそれはもう、あいつ次第でしょう」

「せやな~。ウチから言うたら、あいつのメンツ丸潰れやからな~」

日々喜先輩が苦笑いする。でも、この人も決して遠くはないんじゃないかな。お互いにその気持ちはあるみたいだから。

あとは、時間がなんとかするだろう。僕らがどうこうすることではない。

「よっしゃ、ご飯食べ行こ!今日はウチの奢りや!二人のこと祝わして!」

日々喜先輩が奢ってくれるなんて、チューバがメロディーを吹くより珍しいと思う。それだけ、僕らのことを嬉しく思ってくれてるのかな。

刹那も考えず、俺と睦、口を揃えて言った。

 

「ゴチになります!」